こんにちは

桜が大好きな「かめさんびき」です

きょうは、ちょっとだけ奥飛鳥なところをご案内するよ
場所は、稲渕

なーんだ、知ってるよ、棚田で有名なところでしょ
ってがっかりしないで
たしかに、こんな感じで、秋には緑の葉に黄金色の穂がきれい
「棚田&彼岸花」毎年彼岸花祭りが開催されます
彼岸花

でも、稲渕の魅力は秋だけではなかった!!

稲渕は、石舞台からさらに飛鳥川の上流にあります
稲渕全図
けっこう広いエリアなんだけど、大半が里山で、
中心はこのへん ↓
いなぶち
飛鳥川にかかる男綱
さらに上流にかかる女綱(栢森地区)
ちょっと日付をずらして毎年1月にかけ替えの神事があります

その男綱のすぐそばには、みごとなシデコブシの花が
飛鳥川の男綱とシデコブシ
いま盛り
写真が下手だけど、実物はもっときれいだよ
橋の欄干には南淵請安先生の講義の様子が描かれてる
飛鳥川のシデコブシ
Who's 南淵請安先生 ? 。。。(´・ω・`)

推古朝,舒明朝の遣唐留学生。大化改新の功労者。姓は大和国高市郡(たけちのこおり)の地名に由来するとされる。『日本書紀』に「南淵漢人請安」とあり,漢人系の渡来人とされる。推古16(608)年9月隋の使者裴世清が帰国するとき,大使の小野妹子,小使の吉士雄成(きしのおなり)について,高向玄理,僧旻らとともに,国書を隋帝に上奏するため,留学僧として隋につかわされた。32年間中国に残り,舒明12(640)年に,高向とともに,新羅,百済の朝貢使を率いて唐から帰朝。中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足)は,南淵に周孔の教えを学ぶ往復の途次に,蘇我氏打倒の謀議を行なったといわれる。経術,文学,武術に通じ,著書が多いとされるが,現存しない。(コトバンクの「ブリタニカ国際大百科事典小項目事典」から)
なんだって

請安先生のお墓も近くにある
南淵請安先生の墓
小高く突き出した丘の上
お墓の上を一面に覆っているのは、山桜だから、咲くととってもきれい
こんなところでゆっくり眠れたらいいだろうなー

稲渕は、いま、白梅と紅梅が乱れ咲きになっているので、桜はなくても、華やかです


そうそう、飛鳥川の桜は、きのうこんなかんじでした
雨の桜つぼみ

早く咲かないかな